2014年12月20日

ブログ移転

新しいブログを作ったので一応→「新・ぐうたらとんち雑記帳
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2013年03月11日

本川達雄『ゾウの時間ネズミの時間〜歌う生物学〜』

 歌う生物学

 「さて、今日もヘンテコなCDが見つかるかな」

 と、近所のブックオフを訪れたある日のこと。
 
 この明らかに人を小馬鹿にしているなんともふざけた格好をしたオヤジを店内で目にした瞬間、まず率直に

 「ああ……これは殴りに行かにゃならんな」

 と、思った。

 思ったわけだが、「いや……待てよ」と。

 ムカムカした頭を落ち着け、冷静に考えてみた。

 たしかにこのオヤジを殴りに行けば、この憤りは収まりはするだろう。が、それは同時に、心ならずも俺が警察のご厄介になることを意味する。
 となれば、なにしろ先に手を出したのはこっちなのだからして、その後に開かれるであろう裁判でたとえいかなる弁明をしようとも俺の有罪はまず免れないはず。結果、独房行きを回避する代わりに多額の損害賠償金を背負わされ、悪徳消費者金融からの借金で首が回らない最悪の日々を送るのは自明の理である。やはり、これはどうあっても避けたいものだ。

 なので、やっぱやめた。
 殴りに行くのは。

 ただ、だからといってこのままこのオヤジをいい気にさせておいては腹の虫が収まろうはずがないので、その日、休日だった俺は、わざわざ電車で小一時間かけオヤジの自宅のほうまで出向き、インターフォン越しのヤツに向かってこう一喝してやったのさ!

 「やいてめえオヤジ! あんま調子に乗ってるとぶっとばすぞ!」

 ところがなんたることか、これがじつは俺の単なる早とちりだったことが判明。

 「いや、べつにふざけているわけじゃねえから!」

 そう言いつつ、呆気にとられている俺を快く自宅に招き入れるオヤジ。お茶菓子を用意するなど来客用のおもてなしを一通り済ますと、
 「自分は大学の教授で、学校では生物学を教えていて」
 「大学で受講している生徒のみならず、一般の人たちにも生物学を広めるため、歌を出すことにした」
 というようなことをウザいほどの熱っぽい口調で説明してくれたのだった。

 「つうか、いま言ったこと、アルバムのブックレットに書いてあるし……」

 ハッとして持参済みのCDを確認する俺。

私は大学で生物学を教えています。講義で歌をうたってきました。これは好評です。
(中略)私の経験からいくと、心底分かったと感じるのは論理とイメージが一致した時です。学問はどうしても論理にかたよりがちですから、分からせるには全体のイメージを与えてやる必要があるだろう。言葉でイメージと言えば詩。詩にメロディーをつければもっと分かりやすく覚えやすくなる。だから歌う生物学なのです。
(中略)講義も楽しくやりたいというのが本音です。それに世はマルチメディア時代ですよ。音楽入りの授業こそ最先端の授業じゃないのかなぁ


 これは迂闊であった。
 たしかにアルバムの発売に至ったきわめてマジメな動機が事細かに書かれてあるではありませんか!(それも長々と10ページにも渡って!)

 なるほど。そうであるなら、例のジャケットの件も辻褄が合おうというもの。たしかに、いくらブックレットに長々と「生物学をわかりやすいように歌にしてみました」だのと書かれてあっても、じっさいにCD自体を購入し、封を開け、なおかつ中身の文章をリスナーに確認してもらわなければ、それはまるで意味がないことである。だからこそ、「ほうら、ボクってこんなにひょうきんな人間なんですヨ〜!」そんな親しみやすさをアピールするための、一見ふざけているようなこのジャケ写なのだろう。

 ウンウンとうなづきつつ、いかにも得意満面といった表情を浮かべるオヤジ。

 「だから、ボクとしては至ってマジメな気持ちでこのCDを出したんですヨ! それを人を小馬鹿にしているとかふざけているなんて思われちゃ心外だなァ……」

 「いや〜、そういうことだったんスか。ごめんなさい。素直に謝ります。ですがねぇ……いや、そうは言ってもこの格好はやっぱり、あの、マズいんじゃないかと思うんですよ。なんというか馬鹿というか、ただのマヌケにしか見えないと言いますか……」

 「なんだと小僧! てめえ、かかってこいや!!」

 というわけで、こちらの一方的な思い込みは解けたものの、気づけばオレとオヤジは米軍もうかつに手を出せぬほどの血で血を洗う抗争へ発展してしまうことに。

 が、ある意味正々堂々拳と拳でシバキ合ったのが逆に幸いしたのだろう、スポーツマンシップにのっとりいつのまにか和解。いまでは休日ともなれば、オヤジんちの庭で仲良く相撲を取り合う間柄である。

【全曲解説】
@生きものは円柱形 ★
 で、曲の解説なのだが、あくまでも生物学についてわかりやすく歌われた、いかにもなコミックソングっぽい曲が収録されたアルバムというか、まあ要するにお子ちゃま向けの曲としか言えないのだが、オヤジとツーカーの仲になったいまとなってはそんなことは口が裂けても言えない。

A植物は光の子 ★
 同上。

B細胞は10ミクロン ★
 同上。

C生きものは水っぽい ★
 同上。

Dスーパーマン・カルシウム ★
 同上。

E微小管はすべる ★
 同上。

F自律神経節 ★
 同上。

G夏の誤算 ★
 同上。

Hスケートリングソング ★
 同上。

I科学とは仮学 ★
 同上。

J風と光の子守唄 ★
 同上。

K動物はうごく ★
 同上。

Lナマケモノのうた ★
 同上。

Mきょくひ動物音頭 ★
 同上。

Nサンゴのタンゴ ★
 同上。
 
 総評(なんにせよ、全曲ご本人が楽しそうに歌っているので幸いである)★★★★★

ラベル:本川達雄
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2013年01月24日

企業名

 外を歩いていたら一台の車が目に留まった。
 商業車なのだろう、車体の後部には、宣伝のために多くの会社がそうするように、企業名と電話番号を表す文字が掲載されていた。
 企業名を表すその文字を見て、すぐにそれがクリーニング屋の車だとわかった。

 といって、それがクリーニング屋の車だとすぐにわかったのは、なにも全国的に有名なクリーニング屋の名前が掲載されていたから、というわけではない。
 しかし、物事の判別もつかぬ赤ん坊やよっぽどの馬鹿を除いて、少なくとも日本語が理解できる人間なら、誰もがクリーニング屋の車であるとわかる企業名がそこには書かれていた。

 「洗濯屋」

 そのままじゃねえか。
 そのままなのである。

 なぜおんなじことを二回続けて書いたのか、自分でもわからないが、いや、それにしてもなあ。こんな、ど直球な名前のクリーニング屋、いや洗濯屋か、があるなんて、私は知らなかったのだった。

 いや、わかりますけど。
 にしても、ちょっとストレートすぎやしまいか。
 ドコモやソフトバンクが社名を「携帯電話屋」と名乗るようなものだ。

 とはいえ、よくよく考えると、ドコモやソフトバンクといったものは、「携帯電話会社の名前である」という宣伝が多くの人間に行き届いているからこそそう理解できているのであって、たとえば携帯電話を持たず、さらにテレビやネットも見ないような人間にドコモだのソフトバンクだのと言っても、それが携帯電話会社の名前だとはわからないのではないか。

 だって、ドコモにソフトバングである。おまけに、auだ。

 まあ、厳密にはドコモやauはブランド名であって、商品をじっさいに取り扱っている会社の名前はNTTでありKDDIであるわけだが、いずれにしても携帯電話の「け」の字も記されておらず、よくよく読んでみれば、さっぱりわけがわからない名前だ。

 なにがドコモだ。なにがソフトバンクだ。こじゃれた名前つけやがってこの野郎。au? なにそれ、おいしいの? 

 しかし、それに比べて、「洗濯屋」という、この雄々しささえ感じさせるほどのシンプルさはどうか。
 子供から老人まで、瞬時にして「洗濯屋(クリーニング屋)」だと理解できる名前である。
 本当にわかりやすいことこのうえないではないか。
 感動した。
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2012年06月14日

食とエロの両立の問題

 ● 少女が下着で接客、ガールズ居酒屋店長逮捕

16歳の少女に下着姿で接客をさせていたとして、警察は13日、横浜市の「ガールズ居酒屋」の店長の男と、飲食店経営会社の代表取締役の男らを逮捕した。
労働基準法違反の疑いで逮捕されたのは、横浜市の「SEXY居酒屋ふじこちゃん」関内店の店長・永谷剛容疑者(40)と、飲食店経営会社「ももじろうグループ」の代表取締役・土岡剛容疑者(43)。警察によると、永谷容疑者らは、16歳の少女に下着などを着せて客の前で腰を振りながら酒を提供させるなどしていた疑いが持たれている。警察の調べに対し、永谷容疑者らは容疑を認め、少女を雇っていた理由について「18歳以上はキャバクラなど時給の高い店に行ってしまうため」と話している。


 もちろんこの件で一番の問題となっているのは、「未成年の少女に下着姿で接客させた」という部分でしょうが、それにしても気になってしまうのが以下の部分です。

「腰を振りながら酒を提供させる」

 そうですかー。腰を振りながらですか。

 いや、どうなのこれは?
 これって本当に「アリ」なの?

 そう疑問に感じざるを得ない私がいるのです。

 そもそも、ガールズ居酒屋なる店の店員は、腰を振りながら酒をふるまうことがマニュアル化されているのか、はたまたこの店独自の「サービス」なのか。
 行ったことがないのでまあ、わからないわけですが、そんなことはどうだっていいのです。

 問題は「腰を振りながら酒をふるまう」というのが、どうにもいかんともしがたくまぬけな光景にしか思えないということです。

「ブラザーコーン容疑者、腰を振りながら元マネージャーを脅迫」
「野田首相、腰を振りながら国会で答弁」

 いずれもまぬけという意味では、腰を振りながら酒をふるまった未成年少女も変わりはないのではないでしょうか。

 というか、まぬけであること以前に、個人的に「飲食店」と「エロ」というのがどうにも結びつかないのです。

 思えば、かつてのノーパンしゃぶしゃぶにも似たようなことを感じたものです。
 だって、しゃぶしゃぶ食いながら、あるいは、ビール片手に枝豆つまみながらセックスするなんていう輩は、まあ、いなくはないでしょうけど、それにしたって、そんな性癖の持ち主はごくごく少数のマニアだけなのではないでしょうか。

 食うときはちゃんと食う。
 エロいことをするときは、ちゃんとエロいことをする。

 やっぱり、どちらか一方に集中するべき、と思うのです。

 いや、もしかしてあれでしょうか。
 芸能人を筆頭に、いわゆる「できちゃった結婚」というものが相も変わらず後を絶たないわけですが、あれなんかも、まぐわっている最中、しゃぶしゃぶだったりビールや枝豆についつい目がいき、避妊するのを怠ってしまった。
 そんなうっかりさんたちによる事例、ということなのかもしれません。
 そう考えると、事態はますます深刻です。

 それにしても、ガールズ居酒屋ですか。
 腰振りながら酒ふるまわれてもなー。
 でも、じっさい経験してみると案外、楽しいかも…。

 ちょっとガールズ居酒屋行ってくる。
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2011年07月08日

レヴュー『テルマ&ルイーズ』

 先日、所用のため千葉県某所へ車で出掛けた。

 これまでにも何度か車で走行したことがあるルートだったが、その日はあいにく長い渋滞にはまってしまった。

 なにしろ、まったくといっていいほど進まない。しかし、目的地へと向かうためにはその道を通るしかなかった。
 うんざりするのも無理からぬ話だが、ひじょうにゆったりとしたペースでの走行となったおかげで、これまである程度見知っているつもりだった景観をあらためてじっくりと眺めることができた。

 「この角にローソンがあるのか。店員のおばちゃん、暇そうだ」
 「あっ。……吉野家。そういや、いま走ってきたちょっと前にすき屋があったな。潰し合いだな、これは」

 どうでもいいといえばどうでもいいが、暇つぶしには最適だ。たまには渋滞も悪くない。

 かと思えば、こんな店もあった。

 「ポルノショップ」

 あまりに直球な店名で驚いた。

 当然、店主が名付けたのだろう。
 「ポルノショップ」なんていう、ズバリな名前の店を、田舎町の通りに臆面もなく堂々と構えてみせる漢気溢れる店主の人柄に好感度大だ。
 客から店に電話がかかってきて、「はい。ポルノショップです」って元気よく応対するなんて、俺にはできない。というか、バイトで働くのだって嫌だ。それにしても、店主の子供が学校でいじめられてないか心配だ。

 『テルマ&ルイーズ』はロード・ムービーだ。
 監督は、『エイリアン』『ブレードランナー』等の巨匠リドリー・スコット。

 リドリー・スコットといえば、芸術性の高い映像演出であろう。
 アメリカの雄大な景観とリドリー・スコットならではの映像美は相性抜群で、ぜひ大画面テレビでの鑑賞を推奨したい作品である。車での移動が多く、いろいろな景色を観ることができ、一緒に旅行している気分にもなれるので、アメリカに旅行に行くカネがない&カネはあるが行くのが億劫だ、などという人にもお薦めの一本と言えよう。もちろん、「ポルノショップ」のような「VOW的なモノ」が本作の景観に入り込む余地は一切なく、ただひたすらにアメリカのかっちょよさを味わうための映画である。

 ちなみに、売れてなかった頃のブラピもテンガロンハット被って出てくる。テンガロンハットといえば、なぎら健壱か田中義剛になってしまう日本人とは、そういった点でも大違いである。

 あ。でも、「VOW的なモノ」が本作にもひとつだけあった。どこからどう見てもやっぱり安岡力也になってしまうマイケル・マドセンだ。

 
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2011年01月11日

ガッツポーズ

 「ガッツポーズ」という名称の由来が元プロボクサーのガッツ石松から来ているのは有名な話である。

 たとえば、なにかスポーツなどの勝負事で勝利したときや嬉しいことがあったときなどに、「やったぞ」と気持ちが昂ったのと同時に、思わずぐっと握り拳を作る、あのおなじみのポーズだ。
 誰だって一度はあのポーズをとった経験はあるだろう。

 もちろん、これは我々日本人に限った話ではなく、世界中のあらゆる人間が、勝負事に勝利したときや嬉しい出来事に遭遇したときなどに、同じようにぐっと握り拳を作ってポーズを決める。とくに、やはりスポーツ中継でよく見られる光景だ。

 さすがに海外ではあのポーズのことを「ガッツポーズ」とは呼ばないだろうが、いずれにしても全人類共通と言ってもよい行動プログラムであり、つまり、このことからわかるのは、人は興奮したり嬉しいことがあると、つい握り拳を作ってポーズをとってしまう、ということである。

 たしかに、あらためてやってみるとわかるが、ぐっと握り拳を作りポーズをとると、なんだか知らないが、とりあえず「やったぞ」という気分になる。全身から力が溢れてくる感じだ。よくよく考えれば、ただ握り拳を作ってポーズをとっただけなのに、なんとも不思議である。これぞ「ガッツポーズの魔力」である。

 だったら、こんなガッツポーズはどうか。

 ガッツポーズその2
 チョキである。ピースサインとも言う。たしかに見栄えはいいが、おなじみのぐっと握り拳を作るポーズと比べ、全身から力が溢れだす感じがせず、むしろ平和的というか、お茶目な感覚がそこはかとなく漂う。だからこその「ピースサイン」なのだろう。

 ガッツポーズその3
 グーチョキときたら当然パーだろう。しかし、このポーズにしても、鎖から解き放たれたような解放的な感覚こそ湧き上がってはくるものの、「やったぞ」という力みなぎるような恍惚感とはやはり無縁である。残念ながら、これもガッツポーズに相応しい形とは言えないだろう。

 ガッツポーズその4 
 なんとなくソリッドかつシャープな雰囲気があり、個人的には嫌いではないが、これもだめだろう。
 
 ガッツポーズその5
 親指から薬指にかけてぐっと握りしめる形はおなじみのポーズと同じだが、さりげなく立てられた小指からはあたかも好きな異性を前にして恥じらう少女のような純真さを感じさせる。女性用のガッツポーズとして流行るかもしれない。

 ガッツポーズその5
 今回紹介している中で個人的にもっとも推したいガッツポーズがこれだ。従来のガッツポーズの上の部分にかざされた掌はいわば太陽であり、そこから降り注ぐ光でエネルギーが蓄えられているというイメージである。従来のガッツポーズのパワーアップ・ヴァージョンと言えるだろう。難点はポーズをとるのに少々手間がかかることか。

 ガッツポーズその6
 もうここまでくるとわけがわからない感じである。

 ガッツポーズその7
 バカにしているのかと責められても仕方ないだろう。
ラベル:ガッツポーズ
posted by とんち at 22:46| Comment(0) | 日常を生きる | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年01月09日

レヴュー『ホーム・アローン』

 かつて『ホーム・アローン』シリーズで一世を風靡したカルキン坊やことマコーレ・カルキン君が、長年交際していた女優さんと、つい先ごろ、お別れになったという。まあ、それはべつにどうでもいいのだが、それにしても、ついでに手に入れたカルキン君の近影を見て驚いた。

 macaulay-culkin-081810-5.jpg

 普通のくたびれたおっさんではないか。

 いや、ま、かつての周りの汚い大人たちにふり回され一思いにやさぐれた結果、ニルヴァーナのカート・コバーンを真似てグランジーな装いを気取ったり、車のスピード違反で捕まったと思ったらついでに調べた車内から違法薬物も発見されるという、不良っぽくてかっこいいのか、ただ単にマヌケなのか、よくわからない事件で世間を賑わせていた頃に比べれば、ある意味、健康的と言えなくもない風体ではあるが、それにしたってこのオーラのなさは芸能の世界に身を置く者として致命的だろう。

 「やさぐれてクスリに溺れていた少年が、更生し普通のくたびれたおっさんになった」

 そんな人物が主人公の『ホーム・アローン』シリーズ続編が撮られるのなら、これ以上ないシチュエーションだろうが、たぶんそんな予定はないだろうし、そんなもん、おすぎだって観たかないだろう。

 正直、とくにファンではないが、ともかくカルキン君、がんばってもらいたいものである。

 それにしても、カルキン君を例に挙げるまでもなく、かつて子役スターとして脚光を浴びた人間は、なぜ大人になるつれ揃いも揃って浮き沈みがきわめて激しい波乱万丈の生活を送るのか。

 いろいろあった末、毒舌を売りに安定したポジションを手に入れ、その勢いでうまい具合に金持ちと結婚したもののすぐに離婚し、いまは落ち着いて田舎で野菜を育てていると思ったら唐突にヘア・ヌードを発表したり(杉田かおる)、おっさんどもと浮名を流しつつ、ついに芸人と幸せな家庭と築いたと思ったらやっぱりすぐに離婚したうえ、なぜか母親が整形手術を施しAVまがいのDVDを発表したり(安達祐美)、なんかすごい賞を獲得したんだけど最近全然見ないなーと思ってたら突然、自殺未遂報道で世間を騒がせ、おまけに「尊敬する先輩」と公言していた例の「俳優兼歌手兼先生の人」が薬物事件で大々的に逮捕されてしまったり(柳楽優弥)、とにかく例を挙げていったら本当にキリがないほどである。

 しかし、彼らと比べ、同じ元子役であるはずのえなりの「変わらなさ」はなんなのか。

 先ほど、カルキン君のことを取り上げたが、まあ普通、人間というものは成長していくにつれ顔の造形とかは結構変わるものである。とくに子役出身の人間は、顔の造形がもっとも変化するであろう成長期を大勢の人々がリアルタイムで目撃することになるのだから、余計にわかりやすいサンプルと言える。
 
 しかし、えなりに関しては、どうも変わった感じがしないのだ。

 ためしに、デビューしたての頃から現在までのえなりの写真をテーブルに並べ
 「これは何歳の時のえなりか」
 というクイズをやってみてほしい。
 
 おそらく、ほとんどの人間は正解率10パーセントも満たないのではないか。
 橋田壽賀子や泉ピン子だってそんなもんだろう。

 とりあえず、はっきり言えるのは、スター特有のオーラは、えなりにはからっきしない、ということだろう。もう、普通に近所のコンビニで『ジャンプ』とか読んでそうだし、その際、立ち読みしているえなりを捕まえて、かつあげだって普通に出来そうだ。いや、かつあげなんてしたことないし、するつもりもないが、えなり相手だったら不思議とスムーズに出来てしまいそうで、もう自分で自分に驚きそうである。

 いずれにしても、このきわめて地味でかつ冴えないヴィジュアルが、波乱万丈、浮世離れとは無縁のえなりを育んだのではないか。かなり強引に論旨を組み立てているが、しかしまんざら間違ってもいないような、なんかそんな気がしてならないのである。

 で、そんなえなりの代表作と言えばいわずもがなの『渡鬼』であるが、現在放映されているシリーズをもって、ついに幕が下ろされてしまうらしい。近頃はバラエティ番組での活躍が目立つえなりであるが、やはり本職である役者としての姿がお目にかかれないのはまことに寂しいかぎりである。
 そこで考えた。

 「えなりのホーム・アローンシリーズ」というのはどうだろう。

 とりあえず、えなりが「小4」くらいの設定でも、全然問題ないだろう。
 しかも、たぶん還暦ぐらいまでえなりの容姿にほとんど変化はないだろうから、1年に1作のペースとして、シリーズで最低30作は撮れるはずだ。

 『男はつらいよ』『釣りバカ日誌』に次ぐ国民的人気シリーズ映画になる予感、大である。

 
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2010年11月30日

レヴュー『コントロール』

 死刑を回避されるかわりに薬物による人格強制プログラムへの実験参加を余儀なくされた凶悪犯が、さまざまな紆余曲折を経て、やがて監視の下、ふたたび社会へと解き放たれる。はたして彼は、本当に真人間に生まれ変わったのか――。

 という、さながら『時計じかけのオレンジ』のサイドストーリーのような内容であるが、いやこれは本当に素晴らしかった。というか、『時計じかけ〜』より好きかも知れない、と言ってしまうのはちょっと言い過ぎのような気がするが、いずれにしても傑作であることは間違いない。

 とにかく、凶悪犯の主人公を演じるレイ・リオッタがいい。

 なにしろ、表情がいい。終始、目がギラギラしていて、なんともいかつい顔だ。というか、怖い。学校で一緒のクラスになったら、絶対に殴られそうだ。もう、そのものズバリ「悪人ヅラの見本」のような顔面である。

 冒頭で触れたように、極悪人であるレイが本当に「いい奴」に更生したのかどうかを見極めるのが本作の肝と言えるわけで、であるからこそ、この、目がギラギラでなんともいかつい顔面を持ったレイを観るたび、こいつまたなんかやらかすんじゃねえか、というサスペンスに、終始ハラハラドキドキさせられる。と同時に、レイを更生させる側である博士役のウィレム・デフォーも、正真正銘「いい奴」なのに、こちらも外見上、どう見ても「変人」にしか見えないので、やはり一瞬たりとも気を抜くことが出来ず、べつに悪役じゃないないんだからあんたぐらい気を抜かせてくれと思うが、いずれにしてもこれほど緊張感に満ち満ちた作品もそうはないだろう。

 もちろん、サスペンスとして盛り上げてくれる部分はこれだけではない。

 治療施設、その後の一般社会における暮らしと、一貫して監視の下での生活を余儀なくされるレイ。当然、不自由な暮らしに不満を覚え脱走を企てるわけだが、これが不可抗力的なものを含め都合4度もある。2時間ドラマとして考えれば、あきらかに多いと言える回数である。しかも、その内2度は「実質的に成功」しているわけで、凶悪犯を監視しているのにこれでは、一般市民から苦情が殺到しても仕方ないレベルであろう。というか、この監視側の奴らどもは凄まじいアホと言っていい。もう普通に考えたらありえない話なのであるが、しかしこれが不思議と許せるのである。

 それというのは、レイ・リオッタの「逃げっぷり」がたいへん魅力的だからだろう。なにしろ、見るからに遅そうだ。擬音にすると「トコトコトコ」という感じで、なんだか無性に可愛らしい。中でも特筆すべきは、夜の遊園地で殺し屋と追いかけっこする場面における、飛んだり跳ねたりのあたかもスーパーマリオのごときレイの逃げっぷりで、あんたら夜中に遊園地でなにやってんだ、という突っ込みを含め、サスペンスとコミカルがないまぜ状態の、ある種独特の世界観を醸し出している。

 と、このように、もののついでに『時計じかけ〜』と比べると、かなりヘンチクリンな部分が目立つ内容ではあるが、同時に、このヘンチクリンな部分こそがこの作品ならではの愛すべき「B級っぽさ」の元になっているとも言えるだろう。

 完ぺきであることがすべてではない。

 そんなことを教えてくれるこの映画は、やっぱりとても素敵だ。

 
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2010年11月25日

ライナーノーツ

 洋楽のCDを買う場合は、もっぱら国内盤である。

 なんといっても、歌詞・追訳はあったほうがいい。
 それほど熱心に読み込むわけではないし、いまはネットで簡単に調べることが出来るのだろうが、やはり手元にあったほうが気になったときなどには、なにかと便利だからだ。

 それにライナーノーツもあったほうがいい。
 ちなみにライナーノーツとは、そのCDを一足早く拝聴した音楽評論家(ミュージシャンだったりする場合もある)の方による、
「この作品はこういった経緯で発表されたもので、ミュージシャンの歌唱とか演奏にしても、全体的な構成にしても、とにかくたいへん素晴らしい内容の代物であり、そういったわけで買ってよかったね」
 とかなんとかいったような文章が載った紙切れのことで、洋楽の国内盤CDを購入すれば、大概はケースの中にこのライナーノーツが封入されている。

 ちなみに、なぜこのようにほぼ一貫してベタ褒めした文章なのかというと、そのCDがじっさいに傑作であった場合は、まあ、問題はないが、万一、駄作であった場合、購入した人間は損をした気分になってしまうからで、さすがに買ってくれた人がそんな気分になってはまずい、よっしゃ、とりあえず馬鹿でも満足するように適当に褒めとけ。
 という、ライナーノーツの中の人の「まごころ」が遺憾なく発揮されているわけだ。

 で、まあ、これもそれほど熱心に読み込むわけではないが、昔からの習慣なので、出来れば目を通しておきたい。

 もちろん、ライナーノーツには、素晴らしい内容のモノもあれば、ダメな内容のモノもある。素晴らしいモノを読んだときは、当然、大いに納得させられるし、といって、ダメなモノもダメなりに風情があるというか、まあ時にはこんなモノに余計な金を払わされたのかとムカついてしまうほどうんこなライナー文に巡り合うこともなくはないが、それらも含めて許容するのがプロである。どんなプロなのかは知らないが。

 ただ、ごく稀にではあるが、素晴らしいやダメとは別次元というか、ただただ対応に困ってしまうライナー文に出くわすこともある。

 たとえば、いま手元にあるウィーザーの4thアルバム『マラドロワ』のライナー文だ。

(中略)このアルバム『マラドロワ』を世に送り出そうとしている――出そうとしている、となんだかあやふやな書き方になってしまうのを許してほしい。というのも、本稿を書いている時点でまだアルバム『マラドロワ』の完成ヴァージョンは未到着。先行シングルとしてラジオ解禁されている“ドープ・ノーズ”以外は聴けていない――

 
 と、執筆者である音楽評論家の坂本麻里子氏は、ライナー文の中盤で、唐突にそう白状しているわけだ。

 まあ、正直だ。少なくとも聴いていると嘘つかれて、まるっきりデタラメな文章を読まされるよりは、ずっといい。よく白状した。ある種の清々しささえ感じるほどだ。感動である。

 しかし、「許してほしい」とか言われても、こっちは困るしかないではないか。

 そんなものは、サッカー評論家がじっさいには観ていないサッカーの試合の評論文を発表するようなものだろう。

 「今回のワールドカップにおける日本代表の躍進の要因となったのは、紛れもなく新エース本田の存在である。初戦のカメルーン戦、本田がゴールを決めたことで、チームは揺るぎない自信と闘志を取り戻したのだ。ちなみに、試合は観ていない」

 そんなサッカー評論家はいないのである。

 「おすぎです! アタシも大好きな『ハリー・ポッター』は、今回でついに最終章。当然、アクションあり、笑いあり、ラブ・ロマンスありの超一大スペクタクル巨編になっていて、もうナミダナミダの大感動よ。絶対に観なさい! アタシは観てないけど」

 だから、そんな「おすぎ」もいないのである。

 「聴いてないのに書く」

 しかし、この特殊性こそが、じつはライナーノーツの魅力のひとつなのかもしれない。

 もう、どうせなら、作品どころか収録ミュージシャンのこともまったく知らない人間に書かせてみたらどうか。しかも、書いている内容は「農業で生計を立てることの素晴らしさ」についてだ。執筆者は農家の山田田吾作さんだ。って、誰だそいつは。
 
 しかし、意外に面白いかもしれない。いや、面白くはねえか。面白くはないだろうし、読んでもただムカつくだけだろうから、やっぱりやめてほしい。

 
マラドロワマラドロワ
ウィーザー

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2010年07月28日

サッカー選手のCMについて。というか、ダービッツについて。

 前回、CMのあれこれについて書いた。「バンテリンつったらラモス」みたいな、かいつまんで言えばまあ、そんなような内容の話だったわけだが、記事を投稿し終わってからあることに気がついた。

 それは、「サッカー選手が出演したCMは、なぜか印象に残るものが多い」ということである。

 まずは、やはりなんといってもラモスを挙げなければなるまい。

 今でこそ「ミスター・バンテリン」としてこの世を謳歌しているラモスであるが、世の中がJリーグ・ブームだったころには『Jリーグカレー』なる、これまた強烈すぎるCMに出演していたのをご記憶されている方も多いだろう。なんてったって少年がカレーを食った瞬間、ラモスに変身してしまうのだから、じつに衝撃的なCMであった。

 というわけで、当時のラモスのイメージを円グラフにしてみた。
 
 「Jリーグブームの頃のラモス」のイメージ

 もはやサッカー選手じゃなくて、「Jリーグカレーの人」だよ。

 まあ、それくらい衝撃的であったと。

 ラモスが東の横綱なら、西の横綱は前園だろう。あの有名な「いじめ、カッコ悪い」というCMは今でもギャグで使えるほどの輝きを放っているし、なんのCMだったか忘れたが、「前園さんの言うとおり」という例の名ゼリフもいまだに忘れがたい素敵な思い出だ。

 また、その前園さんとブレイク前の中田ヒデが共演した『ラ王』のCMも伝説として多くの方々の記憶に残っているだろうが、CMキャラ的に前園の舎弟同然の扱いを受けたのがアレだったのか、中田の公式ホームページに掲載されているという過去のCM出演作から『ラ王』は完全消去、文字通り「なかったこと」にされているらしい。
 その後から現在に至るまで、「カッコつけの荒野」をひた走っている中田ヒデだが、それはあのときの『ラ王』でのトラウマが大きな要因になっているような気がしてならない。

 と、知り合いの精神科医が言っていた。
 いや、言ってないし、そんな知り合いいないが。

 「ヒトリデデキタ!」

 『ほのぼのレイク』のCMでおぼつかない日本語を披露したジーコは、“神様”ではなく「ただのブラジル人のおっさん」であった。
 
 あと、電話のダイヤルを回しながら「じーこ、じーこ……」なんてこともやってくれていた。
 以前取り上げた主演映画での演技(→)といい、どうやらジーコという人は、乗せればどこまでもノリノリにやってくれる方らしい。いい人だ。というか、乗せるな。

 個人的に妙に好きだったのが、元・鹿島アントラーズの平瀬がやっていた『バーモントカレー』のCMである。とくに内容的に面白いCMだったわけではないが、なぜか忘れられない。もう随分経っているが、あれから現在に至るまで、俺の中での呼び名は「バーモント平瀬」な彼である。

 ほかにも、「奇抜なヘアスタイル」で一躍時の人となったアルシンドの「トモダチナラ、アタリマエ」(『アデランス』)や、キングカズの『ダンディハウス』など枚挙にいとまがない状態であって、もう、「迷CM、山のごとし」という感じだ。

 とりあえず、サッカー選手の方々はCMのオファーがあった際は、もうちょっとちゃんと選んでから出たほうがいいのではないか、と思った。

 といった感じで、最後になってしまいましたが、「あのサッカー選手にこんなCMに出てもらいたい」という個人的願望を書き連ねつつ、本日はおひらきとさせていただく。

・川島→『ふんどし』
・川口→『鼻毛カッター』
・闘莉王→『進研ゼミ』
・中村俊輔→『高須クリニック』
・中田ヒデ→『ペヤングソース焼きそば』
・ラモス→『フマキラー』
・ペレ→『ウコンの力』
・ダービッツ→『メガネドラッグ』
・ダービッツ→『ヨドバシカメラ』
・ダービッツ→『すき家』
・ダービッツ→『養命酒』
・ダービッツ→『皇潤』
・ダービッツ→『高枝切りばさみ』

(◆おまけ〜ジーコの「ヒトリデデキタ!」↓)
 
ラベル:ダービッツ
posted by とんち at 22:58| Comment(0) | テレビを見る | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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